大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)483号 判決

被告人 立川秀雄

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所松戸支部に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は千葉地方検察庁松戸支部検察官検事海老原角次郎および弁護人伊達秋雄外二名連名の各控訴趣意書に記載されたとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人伊達秋雄外二名連名の答弁書に記載されたとおりであるからそれぞれこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

弁護人の控訴趣意第一点について

論旨は要するに、本件記録に編綴されている一審判決書は、本件の審理を担当した原審裁判官が、定年退官により裁判官の資格を喪失した後に作成したものであるから、刑事訴訟規則第五三条ないし第五五条に違反し、判決書として無効であり、原審は、判決書の作成を怠つたという訴訟手続の法令違反を犯したものである、というのである。

そこで考察すると、刑事訴訟法第四四条第一項は、「裁判には、理由を附しなければならない。」とし、刑事訴訟規則は、「裁判をするときは裁判書を作らなければならない。但し、決定又は命令を宣告する場合には、裁判書を作らないで、これを調書に記載させることができる。」(第五三条)、「裁判書は、裁判官がこれを作らなければならない。」(第五四条)。「裁判書には、裁判をした裁判官が署名押印しなければならない。」(第五五条第一項前段)、「判決書以外の裁判書については、前項の署名押印に代えて記名押印することができる。」(同条第二項)と規定し、判決書については調書判決(同規則第二一九条)の場合を除き、当該被告事件の審理をした裁判官が署名押印してこれを作成することを要求しているが、同規則は、判決書の作成が、その時点において裁判官の資格を有する者によつてなされることを前提としているのであるから、被告事件について、その審理および判決宣告をなした裁判官(一人制)が、判決書作成前に定年により退官した場合には、たとえその後に作成された判決書に、作成年月日として同裁判官在任中の宣告の日が記載され、かつ、裁判官としての署名押印がなされたとしても、右判決書は、裁判官の資格を有しない者の作成にかかり、当然無効であると解するのが相当である。

これを本件についてみると、記録を調査し、当審における事実取調の結果(証人橋本晃次の供述および昭和四四年八月一九日付官報写)に徴すれば、本件被告事件の審理は、千葉地方裁判所松戸支部裁判官甲野太郎がこれを担当し、同年四月一五日第三二回公判期日において判決の宣言がなされたこと、右判決宣告は、草稿に基づいてなされたこと、原審記録(第一一五二丁)に編綴されている一審判決書は、同日作成されたように記載されているが、実際は、同裁判官が、同月一六日限り定年により退官した後である、同年一二月二〇日ないし昭和四五年一月八日迄の間において、被告人の表示、主文、理由など必要事項がタイプ印刷された判決書用紙末尾に千葉地方裁判所松戸支部裁判官として署名押印をして作成されたものであることが認められる。しからば、原判決書は本件の審理をなした同裁判官が、定年退官により裁判官の資格を喪失した後に作成したことが明らかであるから、前記説示にてらし刑事訴訟規則第五三条ないし第五五条に違背し、ひいては刑事訴訟法第四四条第一項にも違反して当然無効といわざるをえず、結局原審は、控訴審における審判の対象となるべき一審判決を明確にしていない違法を犯したものというべく判決の主文及び理由の正確性を担保するため刑事訴訟法が判決に理由を付すべきことを定め、刑事訴訟規則が判決書を作成すべきこととして、その方式を厳格に規定している趣旨に鑑みると、原判決にはその主文、理由の正確性の担保が十分でないことになり、かかる違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反であると解されるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、その余の各控訴趣意についての判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第三七九条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例